模様がきれいな石のコレクター
山田英春さんと話した、
石のこと、壁画のこと
#2

前回から引き続き、ポスタルコのデザイナー、マイク・エーブルソンと一緒に、山田さんが好きな石や壁画について聞いてみました。(廣川淳哉/編集者)

前編はこちら >>

 1. マヤ文明、巨石、模様がきれいな石から壁画の話へ 

廣川: 山田さんは模様がきれいな石もそうだけど、壁画も好きだと聞きました。今年訪れたアルジェリアのサハラ砂漠とか壁画の話も聞かせてください。

山田: 昔から考古学や先史時代の文化に興味があって、1990年代半ばから10年ほど、イギリスやアイルランドを巡って紀元前3500年から2000年頃の巨石文化の遺跡の写真を撮っていた時期がありました。2006年には巨石文化をテーマにした、『巨石―イギリス・アイルランドの古代を歩く』という本を出しました。一通り巨石を撮り終えたら、次は先史時代の壁画の写真を撮るようになりました。なのでここ10年くらいは、海外に行っては壁画の写真を撮っています。

廣川: 巨石に興味を持つようになったきっかけは?

山田: その前はマヤ文明など、中南米の古代文化に興味があって、メキシコやグァテマラ、ペルーの遺跡を多く巡っていました。マヤ文明などはかつては謎に包まれてましたが、だんだんといろんなことが解明されてきました。階級社会で戦争ばっかりしていたということも分かってきて、ちょっと食傷気味になってしまった。かなり多くの都市の遺跡を見てまわったのでもういいかなと。
そこでさらに古い時代、社会がそれほど複雑でなく、宗教が制度化される前の文化に興味がうつっていきました。とくに紀元前3000年くらいにブリテン諸島やイギリスで興った、巨大な岩のモニュメントを造った巨石文化が興味の対象になりました。ブリテン諸島には今もストーンサークルなど、何千もの巨石遺跡がありますが、これはその昔、そこに住んでいた人の数からすると過剰な数で、しかも何に使っていたのかよく分かっていないものも多い。

マイク: お墓やお寺みたいなものだったらそんなにたくさん必要ないですよね。

山田: お寺などは洗練された宗教的体系を背景に組織的に設置されてきましたし、商売としての側面もあるわけじゃないですか。だからたくさんあるのもうなずける。しかしイギリスの巨石建造物は、宗教的なものなのか、どういう用途があったのかよくわからない。
有名なストーンヘンジの近くにはシルベリーヒルという大きな人工の山があるんですが、ずっとそこには誰か権力者が埋葬されていると思われていました。ところが考古学者がプロジェクトを組んで発掘調査しても、中に納骨堂みたいなものもないし、埋葬の痕跡も出てこなかったという記録があります。たんなる大きな土の山だったんです。実用的な目的があってつくられたとも思えないし、大変な労力をかけてなんのためにつくったのか。誰か強制力を持った権力者が作らせたというより、多くの人が自発的に参加してつくったことは分かっているんですが。人の情念の不可思議さを感じます。

マイク: 巨石への興味も石の模様と一緒で、ビジュアル的な興味もありますか。

山田: 確かに巨石がある風景が好きというのはありますね。イギリスには山があまりなくて、森はもともとあったけど農地や牧草地にするために森林伐採が進んだ。そんな見晴らしの良い平坦な場所にどかんと巨大な石が置かれている風景に、どこか作品性みたいなものを感じます。『2001年宇宙の旅』のモノリスのように突然空から降りてきた感じもあって、そこに魅かれていました。

 2. ラクダを連れて壁画を見に行く砂漠ツアーに 

廣川: そろそろ壁画の話をお願いします。

山田: 最初は2013年、家族でオーストラリアに行った時、北の方にあるノーザンテリトリー州というところの外れのカカドゥ国立公園にある壁画を見たのが始まりです。高いところに、岩に手を押し付けて口で染料を吹きつけて描いた、「ネガティブ・ハンド」と呼ばれる手型がたくさんあって、説明板に、「1万年以上前のもの」とさらっと書いてありました。驚きました。そんなに古いものが野ざらしで残っているのかと。
その後、オーストラリアの壁画について調べてみると、古いものは、4万年前から存在している可能性があるということを知りました。絵のスタイルにもいろんなパターンがあって、ひとつの壁面に分厚く重ね書きされているところもある。一番下にある古い絵は何千、何万年も前のものかもしれない。奥深くてとてもおもしろいと感じました。

廣川: 2023年10月、アルジェリアのタッシリ・ナジェールという場所に行っていたのを山田さんのブログで見ました。ああいうツアーがあるんですか?

山田: 僕が行っていたのは、壁画に特別感心がある人が参加するガイドツアーみたいなもので、壁画の専門家のハンガリー人が主催しています。商業的なツアーというより、彼が壁画が好きな人を募って、自分自身のための新たな探査にもしている。これまでその人のツアーに3回ほど参加しました。
壁画を見ることが最優先なので、「調理などにはできるだけ時間がかからないようにする」「用意する食料や水も最少限に抑える」という禁欲的なツアーで、朝5時に起きて準備して、朝日が上がって地面が明るくなったら出発。自動車が入れない台地の上を約2週間も移動するので、持っていける水の量にも限界があり、今回は途中から水たまりの水に消毒薬を入れて飲みました。
夜は毎晩お湯を注いで食べるインスタント食。バゲットを持っていくんだけど、途中から乾燥してカラカラになるし、バゲットがなくなるとふすまのクラッカーみたいなのを食べます。料理人が帯同するツアーもあるんですが、私が参加しているものはとにかく壁画を見ること以外は極力簡略化されている。

廣川: そんなツアーに3回も行く理由は?

山田: サハラ砂漠、とくに私が行っていたアルジェリア南東部には、数えきれないほど多くの壁画があって、「先史時代のアート・ギャラリー」と呼ばれています。数千年に及ぶ期間にいろんな人たちによって描かれたもので、見事な絵がたくさんあります。3回行きましたが、見ることができたのは、ほんの一部です。また、砂漠にはもう一回戻りたいなって気持ちにさせる魅力があります。
以前参加した台地に上がるツアーでは、ロバに荷物を積んで移動しましたが、今回はルートが比較的なだらかだったのでラクダに荷物を積んで移動しました。ラクダは荷物を多く積めるし、水を多く飲まなくてもいいし、砂漠の旅に向いてるんですね。それにロバは時々怒るんですが、ラクダは穏やかです。ラクダがそれだけ、大事にされているというのもあるんだろうけど。

 3. カイヨワさんも言っていた「石は自然が描いた抽象美術」 

廣川: 石の話に戻りましょうか。模様がきれいな石の中で、好きな色ってあるんですか。

山田: 鮮やかな色も鈍い色もいいし、とくにこれがというものはないです。メノウは赤い色がついているものが多いんですが、これは鉄分によるもので、これをものすごく拡大して見ると酸化鉄の粒子が散っているのが見えます。まるで生物の一部のようで、赤血球のようにも見えます。
拡大した写真は、『インサイド・ザ・ストーン──石に秘められた造形の世界』という本にも掲載していますが、肉眼で見るのとはぜんぜん違う世界が広がっています。この画像はブックデザインの仕事をしていることもあって、自前のスキャナーで撮りました。ミクロの世界は、それはそれで視覚的におもしろい。

マイク: 見ると落ち着きますね。あと、これは当たり前すぎるけど石の硬さがいいですね。豆腐みたいに柔らかにものではなくて、硬いからか、頼ってもいいような感じ。人の身体よりしっかりしていて、自分よりもずっと長く残り続けます。

山田: 頼りがいがある感じはありますね。石は、生き物とまったく違う時間軸を過ごしていますよね。

マイク: あと、数学者も石が好きそうな気がします。フラクタルな感じもあるし。

山田: これはカイヨワが言っていることですが、石にはあらゆる造形の可能性が詰まっていると。ヨーロッパで始まった抽象画などは、人間がつくった独自の美だと考えられてますが、石はもうすべてやってますよ、と。カイヨワは、人間が造る美を特別扱いするのは間違いだと言いたいんですね。石の模様を見ていると、それが「普遍的な美」を背景にしていることが感じられる。人間がやっているのは美のほんの一領域にすぎないと。

 4. 今も興味が尽きない石は「アルノーの緑」 

廣川: 集めた石を山田さんはどのように使ったり楽しんだりしていますか。

山田: 時々取り出すことはありますけど飾る場所がなくて、基本的にはしまっているのであまり見ることがないですね。

廣川: それは意外でした。いつも眺めたりしているわけではないんですね。

マイク: 僕は一時期、触り心地がいいなって思って、ポケットに石を入れて持ち歩いていました。このキーホルダーは、いつでも石を持ち運べたらいいのにと考えてつくったものです。スマートフォンも石みたいな触り心地だったらいいなと思います。

山田: 角張ってないし、丸みがあるのがいいですね。石をあまり磨きすぎていないのはマイクさんの好み?

マイク: 完璧な八角形だとイメージとちょっと違って。石を磨きすぎないようにしてもらっていて、白っぽいというか、石っぽさが残るようにしています。石っぽさが残る仕上げは、狙ってもなかなかできないものです。

山田: 私はついピカピカにしてしまいます。職人さんにはどうやってオーダーしていますか?

マイク: サンプルを渡して伝えていますね。でも、石によって硬さが違うのでなかなか難しいみたいです。

山田: サンプルとなる石を渡して、「あまりかっちりつくらないで」とオーダーをしているということですね。職人さんは職人さんで、「もっとエッジを出してバッチリつくれるのに」って思っているかもしれませんね。

マイク: この新作のバッグは柔らかい鹿革と硬い石という、触り心地が違う素材を組み合わせています。

山田: 触り心地も石の種類でけっこう違いますよね。触り心地とか、握り心地を基準に石を集めている人もいます。

マイク: ものと人間の関わりは複雑です。きっと、山田さんみたいに実際に砂漠に行くと、画面越しや写真で見ているのとは違って、温泉に入るみたいに身体で感じている。それが、人にとっては大切かなって思います。

山田: 何もかも砂まみれになって少し嫌になりますけどね。情報が視覚中心になっているのはたしかにそうですね。僕の場合、仕事もブックデザインで視覚中心だし。

マイク: 今日はこんなにたくさん石の話ができてうれしいです。

廣川: 山田さんの整理しきれないほどの模様がきれいな石のコレクション。これからどうする予定ですか?

山田: いいものだけ残して、もう整理する段階に入っていますね。それでもまだまだ興味が尽きないのが「アルノーの緑」。幾何学模様が入った緑色の石灰岩です。こういう言い方自体、転倒していますが、本当に現代美術みたいで、最後まで残すとしたらこの石だと思っています。
ほとんど流通していませんが、とあるルートから仕入れられるようになって、ぽつぽつ手に入れています。取り継いでくれているイタリアのおじいさんに、今でも定期的に「また採ってきてもらってください」と連絡をしています。

展示イベント開催中に行われた
トークイベントの一部を公開しています。
是非ご覧ください。

Talk Event

「Drawing from Earth」

at Postalco Kyobashi Shop

【プロフィール】
山田英春(やまだひではる)。装丁家。1962年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。書籍の装丁を専門にするデザイナーとなる。メノウ、ジャスパーなどの模様石のコレクターとしても知られ、石関連の著作が複数ある。世界各地の古代遺跡、洞窟壁画などを撮影する写真家でもあり、特にブリテン諸島の巨石遺跡を多数記録したことで知られる。著書に『巨石──イギリス・アイルランドの古代を歩く』(早川書房、2006年)、『不思議で美しい石の図鑑』(創元社、12年)、『石の卵』(福音館書店、2014年)、『インサイド・ザ・ストーン』(創元社、2015年)など。

自然の鉱石を使用しデザインしました。
なぜ小さな鉱石を持っていると満足するのでしょうか?地球の地殻から採掘された鉱物のバラエティにすっかり魅せられています。その色が何千年の歳月を経ていて、これから何千年もずっと変わることがないからでしょうか?
ポスタルコでは、自然の鉱石を使用し、ミネラルキーホルダー、トライアングルバッグをデザインしました。自然の中から採れた石なので、同じ石でも一つとして同じ模様はありません。ひんやりとした鉱石の感触も味わえます。