荻原直道教授へのインタビュー
"衣服が皮膚から学ぶ時"にもご協力いただいた東京大学の荻原直道教授と、ポスタルコのデザイナーであるマイク・エーブルソンで対談を行いました。インタビュアーに編集者の廣川淳哉氏も迎え、身体にまつわるさまざまなトピックについての対話を、動画とテキストでまとめました。
"衣服が皮膚から学ぶ時"にもご協力いただいた東京大学の荻原直道教授と、ポスタルコのデザイナーであるマイク・エーブルソンで対談を行いました。インタビュアーに編集者の廣川淳哉氏も迎え、身体にまつわるさまざまなトピックについての対話を、動画とテキストでまとめました。
廣川 まずは先日、どういう実験をしたかを軽く解説してもらえますか
エーブルソン 皮膚がどのように伸びるか測ってみました。世の中には身体にぴったりフィットする洋服もあります。でも、そういう洋服の問題は動きにくいこと。洋服が身体の動きを制限しちゃうことです。そういう服を着ると、例えば自転車に乗っているときに思ったように動けなくて、イライラしてしまいます。
そこで、身体の動きについてくる服が欲しいと思いました。もしも、衣服が皮膚と同じように伸びるとしたら、動きが楽に感じられるんじゃないか。昔、自分の皮膚にペンで印を付けて、何センチ伸びるかを試してみたりもしました。今回の実験で気付いたのは、皮膚はすごく伸びるし、また縮むということでした。
荻原 皮膚がどのくらい伸びるか、すでにやったことあったんですね。
エーブルソン そう。前にやってみたんだけど、でもあまりよく分からなかった。他の人はどれくらい伸びるのか、自分でペンが届くところにも限りがあって。
荻原 そうですね。自分が見えるところまでしか分からないですよね。
廣川 ちょっとここで質問です。普段、荻原先生は何をしていますか?
荻原 いろいろなことをやっていますけれども。もともとは歩行に興味があって、人間がどうやってこんなに上手に歩けるのか。人間の体は複雑な構造を持っていて、200個ぐらい骨に数百の筋肉がついて、空間の中を動いたりできるわけですよね。
それがなぜできているかと言ったら、神経が何らかの計算をして、上手に筋肉を動かしているからですよね。だから我々は歩けるし、階段だろうがどこだろうが歩いて行けるんです。もともとは機械工学を学んでいたので、身体の仕組みがもっと分かれば機械ももっと良くなるだろうし、歩けなくて困っている患者さんや、加齢に伴って運動能力が下がった方々の役にも立つ。
工学的にも医学的にも重要なテーマだと思って、歩行の研究を始めたのが学生時代のことですね。
そこからさまざまな意味で人の身体と運動の関係を調べるようになりました。今回のように、身体が皮膚や洋服とどうインタラクションするかは、今回マイクさんとお話しするまではまったく考えたこともなかったですけれども。けっこうおもしろいのでいろいろ試してみました。
さっきマイクさんが、「ペンで身体に印をつけていた」とおっしゃっていましたけれども、人の動き、動物の動きを計測する上で、モーションキャプチャーといって、身体にマーカーを付けて、そのマーカーの位置を複数のカメラで検出して、3次元の位置、動きを検出する装置を使って今回は実験しました。モーションキャプチャーは、特にオリンピックの年になると、テレビでも出てきますよね。
マイクさんもおっしゃっていましたけど、今回の実験でびっくりしたのは、やっぱり皮膚って伸び縮みするんですよね。詳細な数字はまだ出てこないんですけれども、もとの2倍ぐらい伸びたりしているんです。場所によっては。曲がるとふわっと伸びてシュッと縮む。だからといって、すごくたるみが出たりするわけじゃないじゃないですか。そういったあたりを最初に実験して、これはおもしろいなと思いました。
エーブルソン 荻原先生と話していたら、チェーンみたいな長い線をつくって、その線をつなげて数学的に測っていくという話になりました。もともとそういう考え方はなかったんですが、身体全体の動きはおもしろいですね。
皮膚がすごいことをやっていても、普段は全然意識することはありません。
荻原 まったく意識しないですよね。でも、皮膚がすごく伸び縮みして伸縮性があるから、曲げて伸ばして、こんなに大きな可動域ができるわけです。もし我々の皮膚が洋服の生地でできていたら、少しも曲がらないですよね。
当たり前のことではあるけれども、改めてそのことに気づかされた気がします。
エーブルソン 洋服にはストレッチ素材もあるんだけど、ストレッチ素材を多く入れると着心地があまり好きじゃなくなるし、劣化するのが早いです。
荻原 なるほど。
エーブルソン 1、2年使うと伸びきっちゃったりして。そして、洋服業界やものづくり業界でも、ものをなるべく長く使わないといけない時代になっています。ストレッチ素材を使わず、違う方法で動きやすい洋服をつくることができればいいなと思いました。でも、まずは皮膚がどれぐらい伸びているか分からない。
荻原 そのあたりから始めたという感じですね。
廣川 皮膚はかなり伸びるということで、世の中にそういう研究をしている人ってあまりいないですか?
荻原 過去に調べたことがありますが、足のディフォーメーション(変形)を分析するために身体にマス目を描いて伸び縮みを測る実験を見たことがあります。
医学の世界では、例えば、人工皮膚や皮膚移植をする際には、伸び縮みを考えておかないと困るはずですよね。そのあたりの話は私はよく知らないですが、言われてみると大事ですよね。あまりに当たり前のことなので、日常で気にすることはありませんが。
びっくりするぐらい伸縮性があるというのは事実ですね。
それは、生物のきちんとした仕組みが分かっていないからということだと思うんですけれども。構造もそうですが、脳がいかに制御をしているかもあります。でも、やっぱり構造がおもしろいです。
廣川 構造がやっぱり重要というか。
荻原 そうですね。例えば、我々が箸を使えるのは、拇指対向性と言いますが、親指が他の4本の指の方向と向かい合わせることができるから。これは、猿の仲間の特徴です。
猫だと親指が他の4本の指と平行になっていて、そもそも持つことができません。どんなに猫の脳が発達して動きを制御できるようになったとしても、やっぱり構造がついてこないと動きはつくり出せません。だから、優れた動きをつくる上で構造が大事なんです。
廣川 時々、犬が2本足で立っている映像があったりしますよね。あれはやっぱり、構造上無理っていうことですか?
荻原 不可能ではないけれども、かなり無理をさせているというのは事実ですよね。我々も四足歩行で歩けと言われたらできなくはないですが苦しいですよね。やっぱり、我々の身体は二足歩行しやすいように構造ができているんですよね。
エーブルソン 人間は腰を痛めやすいから、二足で立つのが本当にいいんだろうかという話もあります。
荻原 確かに、二足で歩いているから腰痛があるんだと言う人もいますね。腰に負担がかかっているからだと。一方で、人間の背骨、脊柱は、四足歩行する動物と違って、若干S字状のカーブになっていて、身体を垂直に起こして歩くことにある程度適応した形なんですね。四足動物は、人間のようなS字ではなく、なだらかなC字の形をしています。
エーブルソン 四足歩行の動物の背骨はS字カーブではないんですね。
荻原 S字カーブの脊柱で四足歩行しようとすると大変です。あと人間の場合、腕が相対的に足より短いというか、後ろ足が長いんですよね。
エーブルソン 人間は以前は四足歩行で、今は二足歩行。これからは何に向かっていくんですか? もっと理想的な歩き方があるんでしょうか。
荻原 進化は何か目的があって起きるものではなくて、結果としてこうなったということですよね。だから、今後どうなるかは環境がどうなるかと絡んでいるし多分に偶然性も含むので、実はよく分からないんです。
エーブルソン どんなプレッシャーがかかってくるかということですね。
荻原 そうですね。人間の場合だと、やっぱり文明を発達させて自然界が与えるプレッシャーをやっつけていくというか。例えば病気に対する耐性は、昔はそれで死んじゃう人がいて、その耐性を持つ人が生き残るみたいな感じで生物の進化が進んでいく部分もありますが、今はそれをやっつけてしまうテクノロジーやカルチャーがありますよね。
そういう文明が生物の進化の方向性を変えている部分もあるので、そこがまた難しいところです。
エーブルソン では進化が止まっちゃうこともありますか?
荻原 どうでしょうね。
今までの人間という生物のヒストリーには、環境にどう適応してきたかという進化のプロセスが関係していて、我々はこれをよく分かっていないですが、二足歩行をするというふうになってきて、それに身体が適応してきているのは事実ですね。
我々の身体には二足歩行に適応している部分はたくさんありますが、これがベストかと言われるともちろん分からなくて。二足だから問題になっている部分もあります。我々の骨盤はお椀型になっていて、その上から内臓を支えるようになっている。
一方で、犬や猫はそうなっていないんですね。他の猿も。だから、ヘルニアや、内臓が飛び出てしまうというのは人間では起きやすいですね。
荻原 人間は二足歩行という特殊な移動様式を獲得してきた唯一の猿の仲間で、それに身体が適応している部分というのがたくさんあります。一方で、猿の仲間は木の上で進化してきたんですよね。 だから我々、人間の身体も肩や足回りの可動域が広くなっています。
エーブルソン 木の上で移動するために肩が大きく動くんですね。
荻原 猫や犬は、肩をぐるぐる回そうとしても人間のようには回らないんです。木の上で生活していると肩周りの可動域が広がって木からぶら下がることができるようになります。
肩の可動性が広いというのは実は我々の大きな特徴です。
チンパンジーも上投げができるという論文はあるんですけど、上投げだとコントロールが悪いらしくて、狙って投げるときには下から投げる。我々人間は上から投げますよね。もちろん、上から投げてコントロール良く投げられるのは脳神経系、制御の仕組みの関係もあるとは思います。
エーブルソン おもしろいです。
他の動物と比較をすると人間の特徴が見えてきたりします。
エーブルソン たまに思うのは、昔の人、例えば日本の昔の飛脚はすごい距離を1日で移動していたとか、頭の上にものを乗せて手で押さえないで運んだりしていたと聞いたことがあります。
昔の人たちができたことで、今の自分たちができなくなったことがいろいろあるのかなと思います。
荻原 それは生物としての構造の違いよりも、生活習慣の違いのほうが大きいような気がします。つまり我々も、それをやらないと死んじゃうんだったらやるんじゃないですか。
頭の上に重いものを乗せるのは力学的には合理的で、抱えるようにこう持つと、持っているものの重力が身体の中心から離れたところに作用するので前に倒れていっちゃいますよね。すると、カウンターバランスするために筋力を使わなきゃいけないから大変です。頭の上に乗せるのは、力学的には楽な持ち方です。
エーブルソン 楽なんですね。
荻原 身体の動きは、それが楽ということにつながるので、物理的合理性で決まる部分がありますが、人の場合だと文化的に決まることもある。要するに、「みんながこうしているから」ということです。文化的な側面で動きが決まっているというのはあると思いますね。
頭に乗せるのが楽だと言いましたが、今の日本だと、何となくそれをやらないというのがあったりもするでしょうし。
エーブルソン 今、頭の上でカバンを持っていたら
荻原 たぶん、「あいつ、おかしいんじゃないか」と思われます。日本でやっていると。
エーブルソン 例えば昔は、もっとあごが大きかったという話があります。陶器ができて食べ物をゆでたりできるようになって、そんなに大きいあごがなくても食べられるようになった。
だから、人間のあごがだんだん小さくなってきたという話を聞いたんですけど。そういうものづくりと、身体の関係がおもしろいと思います。かなりの年数が結構経たないと、身体は変形しないですよね。
荻原 それはそうですね。
エーブルソン 今考えてみると、みんながいろんなものをつくったりしていますが、身体に合っていないものもあります。
パソコンを使うとブルーライトで目が痛くなるとか。
荻原 人工物で、人間に必ずしも適合していないというのはたくさんあると思います。例えば自動車ができましたと。でも、その時には、自動車の快適性も考えていないどころか安全性も考えられてなかったはずなんですね。
エーブルソン 動くだけですごいということですね。
荻原 最初は、動くだけで素晴らしい。そういう意味で、人間に適合していないということでその後、徐々に対策がとられて今の自動車になった。交通事故もずいぶん減ってきたし、パッセンジャーの快適性とか、そういったものもどんどん向上していった。
でもじゃあそれで。終わりかというと、そんなことないのかもしれないです。だから、初めのうちは、製品はある1側面でものを見て、それでいろんな改善をして今に至るのが、人間の文明社会の今って感じじゃないですかね。
歩き方もそうだし、ずっと靴を履いての生活に慣れちゃっているから。
エーブルソン 足の筋肉とかも違いますか。
荻原 筋肉もそうです。皮膚はもう耐えられないでしょうね。あと感覚器。足の裏に、例えば、どれくらい力がかかっているって、それを感知するセンサーが入っているようなものですけど、そのセンサーの感度が高すぎて、痛くて歩けないと思います。
エーブルソン だから少し戻って、草履みたいにちょっと足を守るけど、それ以外にもう足が解放されて、自由にさせるという考え方もありますよね。
エーブルソン プラスチックが発明されて、テイクアウトの容器として使われるようになりました。紙と違って保温性があって、ソースはズボンにつかなくなりました。「魔法の素材だ」「すごい」「未来だ」と思っていたらみんなが窓から投げ捨ててゴミになって問題になって、今は紙に戻っています。道具が前に進んでいるかどうか、判断しにくいなと思います。
荻原 おっしゃる通りだと思いますね。最近、そういう意味で問題なのが、インターネットやSNSのように人間の生活社会の大きな負担になっているんじゃないかって気がしますね。知らなくていいことを知ってしまうことによる不幸せみたいなものがあるじゃないですか。
あとは、みんなが忘れてくれないとか。その記録がずっと残っているというのも、不幸せな気がします。
エーブルソン それは、巻き戻した方がいいのかな。
荻原 本当に人間の生物としての特性に合っているかは、不思議に思うことがけっこうあったりもします。
エーブルソン 身体の機能は理解していないけれど、どういうふうに身体に必要というか、合っているは判断しにくい。
荻原 だからこそ、我々みたいに身体の動きを研究するわけなんですけど。もちろん、私の立場だと必ずしも製品設計というわけではなかったりします。ただ、やっぱり人間の生物としての特性、特に運動に関わる、もしくは身体に関わる特性を理解して、それをベースに製品をつくることにつながってくるわけなので。今回もそうですよね。
皮膚がどう伸びるかを調べるのは大事かなという気はしましたよね。
地面に足がつくと足が変形して、その結果として、足の上にある骨がねじれてっていうような運動の連鎖ってあるんですけれども。そういった、例えば運動の連鎖が人によって違っていて、それがある方向に違っていると膝の疾患を起こしやすいとか、そういった仮説は持っているんですね。
だから、身体が持っている動きの特性というのを細かく見て、そのバリエーションを調べる。変形性関節症って膝が痛くなって歩けなくなって、大きな手術をして膝をとっかえるというのが普通の対応策ですが、膝が悪くなると外へ出られなくなるので、生活の質としては下がっていきます。我々の立場だと、身体の動きのメカニズムを理解して、発症しやすい人、しにくい人、そうなりやすい人がどういう動きなのかが分ってくれば、早い段階から介入することができるようになる。
100メートル走が速い人の共通性はあまりないんですよ。下手な人の共通性は見つかるんですけど。ある程度速くなるためにこうした方がいいというのがあっても、例えば、ウサイン・ボルトの走り方ってそんなにエレガントじゃないんですよね。
エーブルソン みんなが速く走ることができる動きがあるわけじゃない。
荻原 突き詰めると、それぞれ人間の身体は違っていて、その人がうまくやる術を獲得しているので、すごく上手な人たちの共通項を見出すのは難しいんですね。楽器の演奏もそうです。
本当に昔ですが、楽器の演奏の上手い下手はどこに違いがあるんだと話された先生がいて、その先生と楽器演奏の動きを測ったんですけど、下手な人は分かります。でも、上手い人がじゃあどうしているかというと、共通性はどんどんどんどん見えなくなるし、我流がどんどんどんどん進んでいって分からない。すごく上手な人の研究は難しくて、だからオリンピック選手って選手に一人のトレーナーがついて、その人がずっとやっているじゃないですか。
本当にその人に合ったトレーニングをしていますよね。サイエンスは、普遍的な共通項を見出そうとするプロセスなので、サイエンスとしては正直、個人的にはやりにくい対象だと思ってます。
それよりも、困っている病気とか、クリニカルな方が興味があります。自分が運動があまり得意でないこともあるかもしれないですけど。
エーブルソン 時代によって身体の動きも変わります。小さいころから泳ぐのが好きで、海で遊ぶことも多くて、スイミングをずっとやっていました。クロールで泳ぐとき、腕を大きく動かしていたんだけどある日、高校のコーチが「腕を身体に近づけるともっと速く泳げるようになる」と教えてくれました。
でもそれをおじいちゃんに話したら、「昔はそういう泳ぎ方はしなかった。それは今の泳ぎ方だ。水泳は進化したのか?」と言われました。やっぱり水泳も、ちょっとずつ進化してるんですか?
荻原 そうだと思いますよ。
エーブルソン 前はそういうふうに走っていたけれど、今はこういう走り方という感じで変わってきているのかなと。
荻原 コーチングの仕方というか、教え方も変わってきていると思いますね。事実、オリンピックのタイムもどんどん伸びている。
事実、オリンピックのタイムもどんどん伸びている。でももう一方は、テクノロジー。靴も弾性特性なりが変わってきていますよね。水泳だと、水に対しての抵抗も変わってきているので、それがもちろんもう片方だと思います。
でもやっぱり、分かってないんですよ。結局、何がいいのかって。
エーブルソン 身体は同じなのにね。
#2は近日公開予定です。
荻原直道
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授
廣川淳哉
編集者。雑誌や、雑誌以外でも幅広く活動中。
マイク・エーブルソン
プロダクトデザイナー、ポスタルコ共同創業者